誠は理解した。
これは運命なのだと。
「兎」のホームページが消滅するタイミングで舞と知り合い、恋をして、今は群馬まで会いに来ている。
この後、舞を抱いたとしても、これは全て運命なのだと。
誠は無意識に舞と繋いでいる手に力が入った。舞は一瞬驚いて誠の方を振り向いたが、前方を見ている誠を見て舞も前に向き直った。
五分ほど車を走らせて着いたのは一階部分が駐車場になっているモーテルだった。
車から降りた二人は階段を登り部屋に入った。入口を入ると小さな玄関スペースになっていた。その奥に進むとガラステーブルとソファーやテレビが置かれた十平米程の洋室になっている。その部屋の右側には大きなベッドのあるベッドルーム、左側はガラス張りのバスルームになっていた。窓は無く照明は薄暗い。
備え付けの冷蔵庫には飲物が入っていた。取り出すと料金が自動で加算されるタイプだ。誠はビールを取り出しコップを持ってソファーに腰を下ろした。
「アタシも一口いただこう」
舞はそう言ってコップを手に取りソファーではなく誠の横でカーペットの上に座る。
ビールを注ぎ合って二人はグラスを合わせた。
誠はグラスの半分ほどを一気に飲んだが、舞は一口飲んで「苦い」と呟きグラスをテーブルに置いた。
誠も持っていたグラスをテーブルに置く。ソファーから降りて舞に寄り添い抱きしめた。甘い香水の香りに包まれる。舞の唇にキスをして舌を絡ませ合った。
誠にはもう罪の意識や迷いなど何も無かった。有るのは舞に対する思いだけだ。
誠は立ち上がり舞の手を引いてベッドに向かう。ベッドに腰を下ろした時に舞は言った
「舞さん生理なの」
と、そして少し間を置いてから
「それでもよければ」
小さな声で言った。
二人は倒れこみ長いキスを交わした後に見つめ合った。誠は舞の瞳をじっと覗き込む。舞は恥ずかしそうに少し視線を外した。誠は舞の首筋にキスをした。
「舞、君が好きだ」
誠は耳元で囁く。
「君のことが好きなんだ」
抑えきれない感情を口に出した。
誠は舞を抱いた。自分の思いを開放した。「愛してる、愛してる」と何度もすがるように舞の体を抱きしめた。
誠は今日までこんなに感情を揺さぶった事が無かった。勿論、誠は妻の幸子を愛している。幸子とは友人の紹介で知り合った。気が合った二人は三年間の交際をして結婚をしたのだ。穏やかな夫婦である。たまに夫婦喧嘩もするが誠は感情的になる性格ではなかった。
舞に対する思いに理性を失ってしまった事がこんなにも感情を露わにしたのだ。ただ、理性で抑えきれなくなった舞への思いに、やがて苦しまなければならない時が来るのだ。
二人はベッドに横たわっている。舞は誠の腕を枕にして身を寄せて眠っている。誠は舞の髪に顔を埋めて舞の体を抱いていた。誠には今この部屋の中の時間が止まっていて、二人の世界が永遠に続くように感じていた。
「舞、ずっと君の側にいたい」
そう言って誠も眠りについた。
夢のような世界は永遠に続かない、夢は突然にその幕を閉じる。手に入れたと思った全ての物は指をすり抜けて暗闇の中に吸い込まれていく。
二人の世界は次に目を覚ませば大きな変化を迎えるのだ。
誠は目を覚ました。
窓の無い薄暗い部屋の中では時間の感覚も掴めない。誠は舞を起こさないように腕枕を外して起き上がり、テーブルの上に置いていた腕時計を見た。時計の針は午後一時半になろうとしていた。
誠の中で止まっていた現実が一瞬で動き出した。
誠は焦った。正午までにはこの地を去る予定だった。昨日から家を空けていた妻と子供が夕方には家に戻って来るのだ。
誠は舞を起こした。
「もう帰らないといけない」
誠はそう言ってバスルームに入った。急いで体を洗い流しバスルームから出る。舞もベッドから起き上がってシャワーを浴びた。身支度をしながらベッドを見ると二人が寝ていたところが血で染まっていた。
「シーツを汚しちゃったね」
舞は申し訳なさそうに言った。
再び車に乗ってモーテルを後にした二人だが、車内に会話は無く少し気まずい空気になった。家庭の事を考えている誠を舞は見透かしている。誠にもそれがよく分かってはいるが、何も言えずにいる。この気まずさは誠の心を痛めた。理性を取り戻してはいる誠ではあるが、もう舞の事を愛しているのだ。だが、それを今の状況で口にする事では無い。お互い現実を分かっている。舞も誠を引き止める事は出来ないし、誠も留まる事は出来ないのだから。
ただ、手を繋ぎ幕切れに向かうだけだった。
誠の車が駐めてある駐車場に着いた時はもう午後ニ時を過ぎていた。
炎天下に置いていた車内は想像以上に暑い。エンジンを掛けエアコンで車内を冷やす。助手席を見ると昨夜から置いていたCDが熱で歪んでいた。それを舞に見せて二人で笑った。
今朝待ち合わせをしていた松井田妙義インターにニ台の車で戻ってきた 。ここでもう舞とのお別れになる。別れ際は辛くて気まずいが、今こうして舞と顔を合わせていると又いつでも会えると誠は思っていた。ただ、今日の別れというだけで、「また今度」と口にしても違和感がないように思えた。
舞が車を降りて誠の車に寄ってきた。
「舞の香水の匂いが服に移っているから風に当たりながら帰ってね」
舞の言葉に誠は頷いた。
「それじゃ気をつけて」
舞の笑顔と甘えたような声を聞くと、切なさが込み上げた。
「舞、キスして良い」
誠は咄嗟に声を上げた。そしてドア越しに最後のキスを交わす。
誠は料金所に車を走らせた。見送る舞に何度かブレーキランプを灯して合図を送り走り去っていく。
高速道路に乗った誠は最初のサービスエリアで車を停めた。
愛車のビートの幌を手動で開けてオープンカーにしてみた。真夏の太陽の照つけに誠は顔をしかめた。とてもじゃないが真昼の熱波に耐えれそうになかった。誠はオープンにした幌を閉めた。風に当たりながら帰るつもりだったが、この時間では諦めるしかない。
腕時計を見ると午後ニ時半を回っている。自宅に着くのは夜の八時を過ぎるだろうと考えると気が重くなった。携帯電話を確認すると、もうバッテリーの残量が底をつきそうになっていたので電源を切って助手席にほり投げた。
誠は車をゆっくりと走らせた。本線に合流する手前でギアをニ速に落としアクセルを踏みつける。勢いよく加速させてギアを三速に入れた。日曜日で走行車の多い本線に吸い込まれるように入り込む
シルバーカラーのビートに日光が反射して一瞬光った様に見えたが 車列に混じって もう見分けがつかなくなった。